鬼笑う
今年の節分の日のことです。カレーを作ろうとたまねぎを刻んでいた時、窓の外をふと見ると、なんとも情けない顔をした鬼が覗いているではありませんか!ちょっとびっくりしましたが、
「どうぞ。」と言うと、鬼は意外にも礼儀正しく、
「こんばんはお邪魔します」と言って勝手口からあがって来ました。
外はキーンと音がしそうに冷え込んでいましたので、鬼の顔は真っ赤で、鼻と頬っぺたはてかてか光っていました。
鬼は背中を丸め、きちんと正座して居心地悪そうにちょこんと居間の隅に腰を下ろしました。
「今晩は特別冷えますね。炬燵にどうぞ。」と言うと、鬼は益々情けなそうな顔で炬燵に入りました。
ココアにナツメグ、シナモン、クローブを入れたものをすすめたら困ったような顔をして、それでもちょこっと舐めてみた様でした。
「いつも虎の皮のパンツですね」
「この頃これにも飽きてきました」
「こんな日は寒いでしょう?」
「……。」
「このフリースのモコモコパンツはあったかいですよ。通信販売で買ったんですけど今一番のお気に入りです。良かったらはいてみます?」
鬼はいよいよ縮こまってしまいましたが、フリースのパンツをはいて、
「なるほどこれはあったかい」と泣きそうな声で言いました。
ココアを啜りながら鬼と向かい合って座っていたら、ちょっと愚痴ってみたくなりました。
「私もこの頃、ブスでデブでいる事に飽きてきました。どうにかなりませんかね。今年こそ何とかしようと思っているんですが。」
すると鬼がふふふと笑いました。
「最近やる気が無くて、ろくな野菜が作れません。でも今年は春になったら頑張りますよ。」
「なんか元気になってきましたね」
「もっと続けてください」
「つい先だって、隣の親父が境の木を丸坊主にしちゃったんですよ。腹が立つ事久しぶりですよ、まったく。くそ爺。」
「あーはっはっは いいですね」
「息子は試験中だっていうのに昼まで寝ててね…。いやになっちゃう!」
愚痴れば愚痴るほど 鬼はもうほんとに嬉しそうにどんどん大きくなってお腹を抱えて笑い出しました。
「あー楽しかった!覗いて見て良かった。どうもご馳走さまでした」
そういって鬼はココアを飲み干し、帰っていきました。
なんだか気が抜けて馬鹿らしくなって、しばらく背中を丸めてココアを啜りながら炬燵にあたっていました。
「あっ。鬼、お気に入りのパンツはいて行っちゃった…。」
それから鬼が置いていった虎の皮のパンツを洗って外に干しました。その晩は星まで凍って落ちてきそうな寒い夜でした。
翌朝、鬼のことは夢だったのかしらと思いながら外に出ると、凍てつく朝の光の中で、虎の皮のパンツがバリバリに凍って物干竿に下がっていたのでした。


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